大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)151号の1 判決

原告 小竹偉津夫

被告 葛飾税務署長

訴訟代理人 岩淵正紀 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和四三年四月六日付でした原告の昭和四〇年分所得税の更正処分は申告願を超える限度において、過少申告加算税の賦課決定は全部これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告主張の請求原因

原告は、印刷業を営む白色申告者であるが、昭和四〇年分所得税につき課税所得金額九万一、八〇〇円、税額一四〇円と申告したところ、被告は、昭和四三年四月六日付で課税総所得金額を五五万三、〇〇〇円、税額を七万三、〇〇〇円と更正し、過少申告加算税三、六〇〇円の賦課決定をした(以上の更正処分と賦課決定とを併せて本件課税処分という。)

しかし、本件課税処分は、次の理由によつて違法である。すなわち、

(1)  被告の所部職員は、申告の真実性を疑うに足りる正当な理由がないにもかかわらず、漫然と「五年に一度の白色申告者の調査」であると称して調査を開始し、しかも、必要な資料は原告において取引先へ照会して取り揃えるから二週間程待つてもらいたい旨の原告の申入れを了承しておきながら、反面調査を実施し、原告の名誉信用を著しく毀損したばかりでなく、調査のやり方にしても、調査の範囲を必要経費と特定しながら、その後これを売上金額にまで一方的に拡大し、また、調査の根拠と合理的必要性の開示を怠り、原告からその点を強く要求されるや、調査拒否であると揚言して勝手に調査を打ち切り、推計によつて本件課税処分を行なうに至つた。それ故、被告のした税務調査は、所得税法二三四条一項にいう必要性を欠き、しかも、申告納税制度の保障する納税者の自主性を無視し、ひいては同法二四二条八号の適用によつて納税者の基本的人権を侵害するものであるか、同法の予定する課税のための調査とはいえないものであるから、本件課税処分は、その前提手続を欠き、違法たるを免かれない。

(2)  また、被告は、原告が白色申告者であるということから、本件更正処分の通知書に処分理由を付記しなかつたが、このことは、憲法一四条の保障する法の下の平等に違反し、本件課税処分を違法たらしめるものである。

第三被告の答弁

原告主張の請求原因事実中、原告が印刷業を営む白色申告者であり、その主張のような経緯によつて本件課税処分が行なわれたことは認めるが、その余の主張事実は否認し、法律上の主張は争う。

所得税法二三四条の規定する税務職員の調査権は、課税の適正を期するために与えられた権能であるから、むしろ、納税者の申告の正当であることが客観的に明白な場合以外は何時でも、また、納税者に対して根拠、必要性を開示する等の制限に服することなく、自由にこれを行使し得るものと解すべきである。したがつて、申告の真実性を疑うに足りる正当な理由があり、しかも、その根拠と合理性を開示した場合に限り、調査権の行使が許されるということを前提とする原告の主張は、到底、排斥を免かれない。

原告は、さらに、被告が申告納税制度の保障する納税者の自主性を妨げ、法の要求する程度の調査を尽さなかつたように主張する。しかし、原告は、申告にかかる収支の明細を明らかにする帳簿書類はもとより、伝票、領収書等の原始記録さえも保存しておらず、しかも約束しておきながら、所定の期間内に資料の収集整理をなさず、調査がいつこうに進捗しないため、やむなく原告から提示をうけた一部資料により了知しえた取引先、取引金融機関等について反面調査を実施したのであり、また、原告は終始調査に協力しなかつたので、調査を打ち切らざるをえなかつたのである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

原告が印刷業を営む白色申告者であり、原告主張の経緯によつて本件課税処分がなされたことは、当事者間に争いがなく、証拠省略によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、被告税務署長は、原告の申告にかかる事業所得の金額が事業規模、同業者比率等からみて低調であり、しかも、その申告書の扶養控除側には扶養親族として取り扱えない者が記載されている等の過誤があつたので、原告に対して税務調査を実施するに至つたこと、被告の所部職員である近江末太郎は、昭和四二年八月八日調査のため原告方に臨店し、原告に対して「昭和四〇年分および昭和四一年分の所得税の調査に来たので、差し当つて昭和四一年分の帳簿書類等収支明細の資料をみせてもらいたい」旨を告げ、調査の協力方を申し入れたが、経理を担当している父文平が不在であつたため、後日を期して辞去し、翌日文平より原告において仕入と経費の明細につき目下取引先等に照会中であるから一週ほど待つてほしい旨の申入れがあり、次回までに資料を整備するように依頼しておき、同月一七日同僚の梶原英樹とともに臨店したにもかかわらず、資料が整理されていなかつたため、この日も調査はほとんどできず、また同年九月二日(土曜日)原告より調査に来てもらいたい旨の電話連絡があつたので、翌々日の四日(月曜日)臨店したのに、資料の提出はなく、かえつて、原告は、テープレコーダーを持ち出して録音しながら、「税務署は自主申告を認めないのか。基本的人権を無視して調査の理由を説明せず、漫然と調査するのは違法ではないか」等調査の非違をあげつろうことのみに終始し、同月六日梶原を再び帯同して臨店した際も、調査の具体的理由の開示がなければ資料の提出には応じられないといつて調査を拒否し、同月一四日に来てもらいたい旨の申入れはあつたが、今後とも右の態度を変更する意思はない旨を言明するにいつたこと、なお、二回目の臨店調査にあたり、原告より「調査の範囲を昭和四一年分所得税の必要経費と限定しておきながら、これを昭和四〇年分および昭和四一年分の売上金額にまで拡大するのは違法ではないか」との抗議はあつたが、近江らの説明によつて、原告も、その場では、調査の範囲が右のように限定されているということは思い違いである旨を了承したことを認めることができ、右認定に反する原告本人の供述は、証拠省略に照らしてにわかに措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかして、以上のような事実関係のもとにおいては、被告の実施した原告に対する所得税の調査が所得税法二三四条一項にいう必要性を具備していないとか、申告納税制度の保障する納税者の自主性を無視したものであるとはなし難く、調査の範囲を一方的に拡大した旨の原告の主張も、その前提を欠くこと明らかであり、また、所得税法二三四条の規定に基づく税務調査にあつては、国税犯則取締法の規定に基づく犯則調査の場合と異なり、税務職員は、納税者に対して調査の具体的理由を開示すべき法的義務を負担しているわけではないので、被告の所部職員が原告に対する所得税の調査を打ち切つたことについても、原告主張のごとき違法はないものというべきである。

なお、納税者が青色申告者であるか白色申告者であるかというようなことは、憲法一四条にいう「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」に該当しないこと明らかであるから、納税者が白色申告者である故をもつて更正処分通知書に処分理由を付記しないことが憲法一四条に違反する旨の原告の主張は、採用の限りでない。

よつて原告の本訴請求は、理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 渡辺昭 竹田穣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例